深川要津寺門前(読み)ふかがわようしんじもんぜん

日本歴史地名大系 「深川要津寺門前」の解説

深川要津寺門前
ふかがわようしんじもんぜん

[現在地名]墨田区千歳ちとせ二丁目、江東区新大橋しんおおはし三丁目

本所善兵衛ほんじよぜんべえ屋敷南方にある。東は六間ろつけん堀に面し、南・北は武家地、西は要津寺境内。要津寺拝領地三千五〇〇坪余の内で、元禄四年(一六九一)願出により門前町屋として起立し、寺社奉行支配となった。延享二年(一七四五)町奉行支配となる。町内間数は寺門より南方が南北へ間口一六間、東西へ裏行九間余、北方が南北へ間口三五間、東西へ裏行五間。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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