深津郡(読み)ふかつぐん

日本歴史地名大系 「深津郡」の解説

深津郡
ふかつぐん

「続日本紀」養老五年(七二一)四月二〇日条に「分備後国安那郡、置深津郡」とあり、この時に建郡された。天平一九年(七四七)二月一一日の法隆寺伽藍縁起并流記資財帳(北浦定政手択本)に「備後国壱処在深津郡」と記され、法隆寺荘園が当郡内にあった。なお貞観一四年(八七二)三月九日の貞観寺田地目録(仁和寺文書)には「深津庄」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む