清延村(読み)きよのぶむら

日本歴史地名大系 「清延村」の解説

清延村
きよのぶむら

[現在地名]広見町清延

告森こつもり川が三間みま川に流入する地域に位置する。東は国遠くにとお村、西は内深田うちふかた村に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「清延村 柴山茅山、川有」と村名がみえる。吉田藩領。

太閤検地石高は四五五石、正保検地では五一〇石四升七合となっている。

「吉田古記」によると、村内の薄木うすき城跡は古来渡辺越後守の持城と伝え、越後守に実子がなかったので土佐一条氏の末子を婿養子にして家督を相続させたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 三間 城主 養子

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む