清根村(読み)きよねむら

日本歴史地名大系 「清根村」の解説

清根村
きよねむら

[現在地名]今立町清根

服部はつとり谷の谷奥、服部川の北岸にある。林道を北行すれば河和田かわだ谷の河内こうち(現鯖江市)に至る。横住よこずみ村の枝村であったが、元禄郷帳で分村し、村高九六・七八石。耕地が少なく反別は六町三反余で、うち畠が四町七反余を占めた。山稼に依存する割合が高く、享保七年(一七二二)の入会山をめぐる服部河内はつとりこうち村との紛争では、「当村之儀ハ薪茅等売払稼を以御年貢之目合ニ仕、渡世おくり申候」(内藤家文書)とその実情を訴えている。戸数は、宗門改帳(「越前宗門帳」所収)によると元文五年(一七四〇)高持九・雑家八、安政五年(一八五八)高持九・水呑六と大きな変動はないが、その持高については元文五年に二戸にすぎなかった一〇石以上が、安政五年には六戸に増加している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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