清水園(読み)しみずえん

日本歴史地名大系 「清水園」の解説

清水園
しみずえん

[現在地名]新発田市大栄町七丁目

旧新発田藩主溝口氏の下屋敷で、清水谷しみずだに御殿・清水谷数寄屋・清水谷御座敷などとよばれた。現在は庭園とともに清水園という。もと高徳こうとく寺の寺地であったが、万治元年(一六五八)下屋敷用地とするため上新保かみしんぼ村に寺を移転させ、寛文元年(一六六一)より四千六〇〇坪の地ならしが始まった。元禄六年(一六九三)普請がなり、舞台で祝いの御囃子が演ぜられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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