日本大百科全書(ニッポニカ) 「清水山城」の意味・わかりやすい解説 清水山城しみずやまじょう 戦国末期の城。長崎県対馬(つしま)(対馬市厳原町(いづはらまち)西里の清水山)にある。1591年(天正19)豊臣秀吉(とよとみひでよし)が朝鮮出兵の足場にするために築いた城。肥前名護屋(なごや)城、壱岐(いき)の勝本(かつもと)城、上対馬(かみつしま)(対馬市上対馬町)の撃方山(うちかたやま)城をつなぐ防備線の一つで、毛利高正(もうりたかまさ)によって築かれた。一の丸、二の丸、三の丸からなり、一の丸には櫓(やぐら)跡の石垣があり、空堀がよく残る。[小和田哲男][参照項目] | 対馬(市) 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
事典・日本の観光資源 「清水山城」の解説 清水山城 (滋賀県高島市)「近江のお城46選」指定の観光名所。 清水山城 (滋賀県高島市)「湖国百選 城編」指定の観光名所。 出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報