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清水教の乱 せいすいきょうのらんQing-shui-jiao; Ch`ing-shui-chiao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

清水教の乱
せいすいきょうのらん
Qing-shui-jiao; Ch`ing-shui-chiao

中国,清朝中期の宗教的秘密結社の反乱。白蓮教の分派で五葷道修元教の流れをひき,さらにのちに震卦教に尾をひく清水教は,袁公溥,張既成を教主としたが,王倫は乾隆 16 (1751) 年に入教し,やがて張既成の跡を継いだ。王倫は山東省寿張県の人で,かつて県役をもつとめたが,挙棒を使い,医術をよく行い,その弟子は練気を行う文弟子 (治病術を求める宗教派) と挙棒を使う武弟子が存在した。無生神母 (または無生聖母) を守り本尊として,その化身とされる婦女を神女とし,却災の到来を予言して入教によりこれを避けうると称し,人心を集めた。清朝の宗教弾圧を予知して同 39年に寿張県で挙兵し,交通の要地の臨清旧城を落し地方独立政権を樹立したが,北京から派遣された清軍の包囲攻撃の前にほぼ1ヵ月後に壊滅した。

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