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白蓮教 びゃくれんきょうBo-lian-jiao

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白蓮教
びゃくれんきょう
Bo-lian-jiao

中国,南宋初期に阿弥陀仏信仰を中心に茅子元 (ぼうしげん) が創した民間の秘密結社。特に有名になったのは元の順帝のとき,欒 (らん) 城 (河北省) の韓山童が,「天下が乱れ,弥勒が降って地上に天国を建てる」と唱え,白蓮会を興して反乱したのに始る。

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デジタル大辞泉の解説

びゃくれん‐きょう〔‐ケウ〕【白×蓮教】

中国の民衆宗教の一派。南宋の初め、阿弥陀信仰により蘇州の僧茅子元(ぼうしげん)が創始。民衆に多くの信者を得たため、代より邪教として禁圧される。代以降しばしば反乱を起こしつつ、秘密結社として代まで存続。

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百科事典マイペディアの解説

白蓮教【びゃくれんきょう】

中国の念仏結社。起源は402年,廬山(ろざん)の慧遠(えおん)がつくった念仏結社の白蓮社にあるが,南宋初期に茅子元(ぼうしげん)〔?-1166〕が,阿弥陀信仰を中心に,平易な教理で白蓮教を創始し民間に浸透した。
→関連項目郷勇義和団乾隆帝

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世界大百科事典 第2版の解説

びゃくれんきょう【白蓮教 Bái lián jiào】

中国,宋・元・明・清にわたる民間宗教の一派。その起源は南宋の茅子元の白蓮宗にさかのぼる。茅子元の白蓮宗は五戒を奉持し,阿弥陀仏を念じて浄土に生まれることを願う念仏結社であった。その教団は指導層が半僧半俗の妻帯者であったところに特色があり,また菜食主義を奉じたところから白蓮菜とも呼ばれた。茅子元は,また,仏教教理を〈普・覚・妙・道〉の4字に要約して信者を指導した。白蓮宗は高宗の時代(1127‐62)に厚遇を受け民間に浸透したが,茅子元の死後はしだいに反体制的な傾向を帯びていった。

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大辞林 第三版の解説

びゃくれんきょう【白蓮教】

南宋の慈照子元が興した浄土信仰の一派。東晋代に始まる白蓮社(念仏結社)の復活を図ったもの。教団としての統一は形成されなかったが、他の信仰を吸収して明・清代まで活動した。反政府的な秘密結社としてしばしば乱を起こした。白蓮宗。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

白蓮教
びゃくれんきょう

中国の宗教結社。南宋(なんそう)、高宗(こうそう)の紹興(しょうこう)年間(1131~62)初めに、呉郡(ごぐん)(蘇州(そしゅう))の延祥院(えんしょういん)の僧侶(そうりょ)茅子元(ぼうしげん)が創立した白蓮菜(びゃくれんさい)という教団に始まり、現代まで続いた。茅子元は天台宗の教法をまねて、「円融四土(えんにゅうしど)の図」「晨朝(しんちょう)の礼懺(らいさん)文」「偈歌(げか)四句」「仏念五声」をつくり、信徒には戒律、とくに不殺生戒(ふせっしょうかい)を守るように勧めた。自らを白蓮導師と称し、信徒を白蓮菜とよんだ。白蓮菜というのは、信徒が不殺生戒を守って食肉せず、菜のみを食べたからである。この教団は民衆の信徒が増え、教勢が盛んになったため弾圧され、茅子元は流罪となった。この弾圧以後、南宋時代には白蓮菜はマニ教や白雲菜(はくうんさい)(白雲宗)とともに邪教異端の代表とされた。白蓮教は初めは阿弥陀(あみだ)信仰であったが、元(げん)末ころから弥勒仏(みろくぶつ)の下生(げしょう)によってこの世に繁栄がもたらされるという弥勒教と融合し、弥勒信仰を中核とする教団へと変化した。明(みん)・清(しん)の時代にも民衆と結び付いた白蓮教は、時の為政者から邪教として禁圧されたが、しばしば反乱を起こし、清朝の1796年から9年間にわたって続いた白蓮教徒の乱は有名である。清朝以後も、白蓮教はさまざまな分派を有しながら宗教的秘密結社として活動し、近代中国における秘密結社の大半は白蓮教に関係している。[小林正美]
『相田洋著『白蓮教の成立とその展開』(『中国民衆反乱の世界』所収・1974・汲古書院) ▽野口鐵郎著『白蓮教社の変容をめぐって』(『山崎先生退官記念東洋史学論集』所収・1967)』

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世界大百科事典内の白蓮教の言及

【紅巾の乱】より

…白蓮(びやくれん)・弥勒(みろく)教徒が勢力の中心で,紅布で頭を包み標識としたので〈紅巾の賊〉ともいう。河北省に本拠をおく白蓮教会の会首韓山童は弥勒仏下生(げしよう)の説をもって布教し,河南,安徽地方で反元の反乱を企てたが失敗した。あとを遺児の韓林児が継ぎ,長江(揚子江)流域では徐寿輝らが呼応し全国的反乱となった。…

【徐鴻儒】より

…中国,明末に起こった白蓮教の乱の首領。山東省鉅野(きよや)の人。…

【秘密結社】より

…2世紀末,張角に率いられた太平道や張陵の五斗米道(ごとべいどう)は,いずれも土俗的な民間信仰と呪術的治療とに支えられて長期にわたって強大な勢力を張り,後者は鎮圧されて後にも,後世の道教の源流である天師道として命脈を保ち,4世紀末から5世紀にかけて江南の地域で熱心な信者を得ていた。 宗教的秘密結社として最も長く生命を保っているのは,弥勒下生(みろくげしよう)信仰を中心に阿弥陀信仰,マニ教の菜食主義や五戒などの生活規範を取り入れて,元朝の中ごろに強大な勢力をもつにいたった白蓮教(びやくれんきよう)である。これは10世紀ころに始まり,時の政府から終始〈邪教〉として厳禁されていたが,元末(14世紀後半)に,紅巾の乱と呼ばれる大反乱を起こして元朝を崩壊に導き,さらに,明・清時代を通じて,厳しい弾圧を受けながらも,しぶとく存続し,清代中期,嘉慶年間(1796‐1820),長江(揚子江)中流域を中心とする山岳地帯で蜂起し,清朝支配体制を動揺させた(白蓮教の乱)。…

【白蓮教の乱】より

…中国の宗教的秘密結社,白蓮教徒の反乱。南宋以来,異端邪教の代表とされる白蓮教は,本来,阿弥陀浄土信仰の宗教結社であった。…

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