渋谷広尾町(読み)しぶやひろおちよう

日本歴史地名大系 「渋谷広尾町」の解説

渋谷広尾町
しぶやひろおちよう

[現在地名]渋谷区広尾ひろお一・五丁目、恵比寿えびす一丁目・恵比寿南えびすみなみ一丁目・恵比寿西えびすにし一丁目、港区南麻布みなみあざぶ五丁目

麻布丘陵の西方に散在する年貢町屋。道路・下水百姓耕地などで隔てられた二二ヵ所に離れていたという。渋谷村総石高のうちで、寛文八年(一六六八)に町家作許可、新地奉行の掛りだったが、元禄一二年(一六九九)検地のときから石高が分れた。町家作の場所は下渋谷村・同村野崎組・同村上知組・下豊沢しもとよさわ村・三浦五郎左衛門領の五ヵ村分が一三区画に分れているようである。町方の高・反別は下渋谷村のうち高一〇石余・一町余、同村小普請支配三浦五郎左衛門領高一石余・二反余、同村小普請支配三浦甚之丞領高二石余・二反余、野崎組のうち高二石余・二反余、上知組のうち高一石余・二反余、下豊沢村のうち高五石余・五反余、総計二三石余・二町六反余。新田は享保一七年(一七三二)改め、元文年中(一七三六―四一)から四度改めの新田があるが町家作の場所ではない(文政町方書上)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む