湖西古窯跡群(読み)こさいこようせきぐん

日本歴史地名大系 「湖西古窯跡群」の解説

湖西古窯跡群
こさいこようせきぐん

浜名湖西岸の湖西市から愛知県豊橋市東部へ広がる天伯原てんぱくはら台地に分布する二〇〇ヵ所余の須恵器窯と約二〇ヵ所の中世窯からなる窯跡群で、一千基余の大規模古窯跡群を形成している。須恵器生産は五世紀末頃から九世紀前半代の三五〇年間行われ、中世窯は一二世紀から一四世紀初頭の二〇〇年間操業していたと考えられる。須恵器生産が開始されるのは五世紀末頃の明通り窯からで、六世紀前半まで浜名湖に注ぐ笠子かさご川流域で点々と操業を行った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の湖西古窯跡群の言及

【湖西[市]】より

…天伯原,高師原などの洪積台地とこれを切るいくつかの沖積谷が分布する。台地上は湖西古窯跡群として知られる西遠地方有数の窯業地帯で,古墳時代中期から鎌倉初期に至る古窯跡が約100ヵ所,200基以上確認されている。国道1号線に沿う白須賀は中世以来の東海道の宿場町として繁栄したが,明治期に東海道本線が北に迂回して開業したため衰えた。…

※「湖西古窯跡群」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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