湯井村(読み)ゆいむら

日本歴史地名大系 「湯井村」の解説

湯井村
ゆいむら

[現在地名]亀岡市千代川(ちよかわ)町湯井

行者(ぎようじや)山の東麓、北は北庄(きたのしよう)村、東は小川(おがわ)村・高野林(たかのばやし)村・小林(おばやし)村、南は金岐宿(かなげしゆく)村。

村の北部、小川村の西部、千原(ちわら)村の西南部に広がる平地は国府推定地の一つとされる。湯井村北の平地を神前(こうざき)村・北庄村から東流して大堰(おおい)川へ注ぐ国司(こくし)川(千々川)が流れ、村内に国司神社と称し稲荷大明神を祀る社があった(現在は山麓の松尾神社に合祀)。

天保一二年(一八四一)の「桑下漫録」によれば亀山藩領(一八九石余)、旗本能勢惣右衛門知行地(一五四石余)の入組地、戸数六〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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