国司神社(読み)くにしじんじや

日本歴史地名大系 「国司神社」の解説

国司神社
くにしじんじや

[現在地名]美星町三山

三山みやまの中央部にあり、祭神は大己貴命、旧村社。かつて社地は北方の山上にあったともいわれ、国主くぬし大明神とも称された。宝暦八年(一七五八)国主大明神謂書(三宅文書)によれば、三山村が上高末かみこうずえ(現矢掛町)のうち山田村とよばれていた頃は、人々は上高末村八幡宮(現八幡神社)氏神としていた。ところが同社の祭礼で座論が起こり、当地の名主八人が殺された。このとき、上方浪人菊地兵衛が八幡宮の神体三体を奪い取り、当地に持帰って祀ったのが始まりと伝え、殺された八人は山田八社宮として境内に祀られた。江戸中期までは現日蓮宗法音ほうおん寺が別当寺鍵取は菊地氏の子孫が勤めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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