湯地農場(読み)ゆちのうじよう

日本歴史地名大系 「湯地農場」の解説

湯地農場
ゆちのうじよう

栗山町市街地の北東に位置し、湯地定基が夕張川の支流雨煙別うえんべつ川沿いに牧畜畑作の混合農場を目指して、明治二四年(一八九一)五六万七千余坪の貸下げを出願して開設された農場。定基は薩摩鹿児島藩医湯地定之の長男に生れ、明治維新前に藩命によりアメリカのマサチューセッツ州立農科大学に留学した。帰国後の明治五年開拓使に入り七重ななえ勧業試験場(現七飯町)の場長、根室県令・道庁理事官などを歴任した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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