満倉村(読み)みちくらむら

日本歴史地名大系 「満倉村」の解説

満倉村
みちくらむら

[現在地名]一本松町満倉

船越ふなごし半島の南側付根に位置する村で、西は外海そとうみ浦、北は上大道うわおおどう村に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「満蔵村 岩山有、茅山有、小山有、水損所」と村名がみえる。「満蔵」は貞享元年(一六八四)の「墅截」にもみえるが、宝永三年(一七〇六)の「大成郡録」では「満倉」と記される。干害を受けやすいとあるが、「墅截」によると水掛りも改善され、灌漑水路が三枚つくられている。宇和島藩領。

太閤検地(天正一五年―文禄三年)石高は一五三石二斗二升一合で、耕地面積の比率は田八六パーセント、畑一四パーセントであったが、寛文検地(寛文一〇―一二年)では石高が三七パーセント増加し、田八五パーセント、畑一五パーセントとなっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 外海

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む