源太夫堀(読み)げんだゆうぼり

日本歴史地名大系 「源太夫堀」の解説

源太夫堀
げんだゆうぼり

浜松市南東部、天竜川河口近くの五島ごとう地区を流れる水路。享保年間(一七一六―三六)浜松藩主本庄松平家の家臣小笠原源太夫基長が普請奉行となり、新田の灌漑用水路および悪水堀、また掛塚かけつか(現竜洋町)浜松城下を結ぶ水路として開削された。馬込まごめ川と天竜川河口を東西に結び、江之島えのしま村付近のいわゆる五島新田五〇余町を潤した。新羅大明神祠記(山田家文書)には享保年間に小笠原源太夫が五島新田を開発したとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む