溝ノ丁(読み)みぞのちよう

日本歴史地名大系 「溝ノ丁」の解説

溝ノ丁
みぞのちよう

[現在地名]洲本市本町ほんまち八丁目

文政(一八一八―三〇)頃から下代げだい丁の西、てら町の東に並行する南北八軒屋はちけんや通・鉄砲てつぽう町を溝ノ丁と称した。そと町のうちの武家地で鉄砲屋敷が続き、寺町の南に続く湾曲した道筋ふくろ町をも含んでいた。上物部かみものべ村から流れてくる水が当丁の側溝を流れ下っていたことから名称が付けられたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む