溝部洋六(読み)ミゾベ ヨウロク

20世紀日本人名事典 「溝部洋六」の解説

溝部 洋六
ミゾベ ヨウロク

明治・大正期の海軍大佐



生年
明治14(1881)年

没年
大正8(1919)年11月6日

出生地
大分県

学歴〔年〕
海兵卒,海大卒,海軍砲術学校卒

経歴
海軍兵学校、海軍砲術学校、海軍大学校を卒業後、累進して中佐となり、軍令部参謀兼海軍大学校教官を務める。大正8年10月海軍大演習に戦艦伊勢に搭乗し審判官を務めるが、同年11月髄膜炎により死去、大佐となった。著書に「海へ」「海国日本」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「溝部洋六」の解説

溝部洋六 みぞべ-ようろく

1881-1919 明治-大正時代軍人
明治14年生まれ。軍令部参謀兼海軍大学校教官。大正8年10月海軍大演習に審判官をつとめるが,同年11月6日髄膜炎により死去。39歳。海軍大佐。大分県出身。海軍大学校卒。著作に「海へ」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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