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海軍大学校 かいぐんだいがっこうnaval general college

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

海軍大学校
かいぐんだいがっこう
naval general college

海軍将校のなかから優秀な者を選抜し,高等用兵および軍事研究に必要な学術を修得させ,高等用兵に関する研究を行う大学。海軍を有する主要各国は,高級指揮官,幕僚教育,軍事研究のための海軍大学校を設立している。日本の旧海軍大学校は,1888年8月に設置され,学生は甲種,特修,機関選科に分れていた。甲種学生は,重要な職員または高級指揮官に必要な高等な兵学その他の学術を修得させるために,少佐または大尉のなかから海軍大臣が選考のうえ命じた。特修学生は,甲種学生の教程を経なかった大佐,中佐のなかから大臣が選考のうえ命じた。機関学生は,大尉または中尉のなかから選抜し,高等の機関術を修得させた。選科学生は,士官のなかから専門の学科を研究するために選抜し,理工学系,政治,経済,語学などの人文学系など他大学に委託し,修得させた。なお旧日本海軍では海軍大学校を卒業しない多くの将官を輩出したが,それは海上の経験と識見を重視したためと思われる。

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デジタル大辞泉の解説

かいぐん‐だいがっこう〔‐ダイガクカウ〕【海軍大学校】

海軍士官に高等学術を教授し、併せてその研究を行う機関。旧日本海軍では、東京の品川区大崎にあった。

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百科事典マイペディアの解説

海軍大学校【かいぐんだいがっこう】

旧日本海軍将校の高等教育機関。1887年海軍大臣西郷従道が欧米視察の時,イギリス海軍大佐イングルスの意見をとり入れて1888年東京築地(1932年品川区に移転)に創設。
→関連項目海軍

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世界大百科事典 第2版の解説

かいぐんだいがっこう【海軍大学校】

海軍士官に主として高等兵学に関する学術を教授する海軍の最高学府。日本の旧海軍大学校は,1887年海軍大臣西郷従道が招いたイギリスの海軍大佐イングルスJohn Inglesの案を基礎とし,翌年8月東京築地旧海軍兵学校跡に創設された。初代校長は少将井上良馨(よしか)。当時は学生を甲号,乙号,丙号に区分し,主として海軍将校および機関官への教育を目的としたが,その後学制は変更を重ね,1926年には甲種,機関,選科の3種に区分し,36年特修学生が加えられた。

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大辞林 第三版の解説

かいぐんだいがっこう【海軍大学校】

海軍士官の中から選抜し、指揮官として必要な兵学・学術を教授した海軍将校の最高学府。1888年(明治21)開校。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

海軍大学校
かいぐんだいがっこう

旧日本海軍において海軍士官に高等の学術を教授することを目的とした機関。海軍教育刷新の一環として、1888年(明治21)東京・築地(つきじ)に設置され、学生は甲号、乙号、丙号の3種に分かたれた。その後、97年には学制の大改革が行われ、同校は将校および機関官に高等の学術を教授するところとされ、学生は甲種、乙種、機関科、選科の4種となった。さらに、1918年(大正7)には甲種、機関、選科、航海の4種となり、26年には航海学生が廃止となっている。また、23年には同校所管事項中に「高等学術の研究」が加えられ、32年(昭和7)には同校は品川区上大崎に移転した。海軍大学校は陸軍の陸軍大学校に相当し、その卒業者は海軍将校内のエリートとして海軍省や海軍軍令部の重要ポストを占め続けた。45年(昭和20)敗戦に伴い廃校。[吉田 裕]

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