滑津宿(読み)なめつしゆく

日本歴史地名大系 「滑津宿」の解説

滑津宿
なめつしゆく

[現在地名]七ヶ宿町 滑津

七ヶ宿街道七ヵ宿の一で、滑津町とよばれた。「滑津村安永風土記」に、九代相続の代数有之百姓十蔵の祖である三代目五郎兵衛が慶長八年(一六〇三)頃肝入検断を命じられており、宿場成立をこの頃とする説もあるが、通行施設などが整備するのは寛永期(一六二四―四四)頃と思われる。前掲風土記によると、町並は二町一八間、家数三二軒で、西の湯原(ゆのはら)村峠田(とうげだ)町からは一里一一町・本荷五三文、南東の関(せき)町へは一里八町余・本荷五三文であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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