潤澄寺(読み)じゆんちようじ

日本歴史地名大系 「潤澄寺」の解説

潤澄寺
じゆんちようじ

[現在地名]増毛郡増毛町畠中町

畠中はたなか町三丁目にある。法流山と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。一八五四年(安政元年)京都東本願寺の使僧が来道した際、越中国北島安養きたじまあんよう(現富山県上市町)の共潤を置いて松前専念せんねん寺より分立、当寺を創立した。初め潤澄坊と称し、明治期に東本願寺の北海道十坊の一とされた。明治一三年(一八八〇)当寺より失火、一〇〇余戸を焼失

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む