潮田村(読み)うしおだむら

日本歴史地名大系 「潮田村」の解説

潮田村
うしおだむら

[現在地名]鶴見区栄町通(さかえちようどおり)一―四丁目・向井(むかい)町一―四丁目・潮田町一―四丁目・朝日(あさひ)町一―二丁目・寛政(かんせい)町・浜(はま)町一―二丁目・仲通(なかどおり)一―三丁目・汐入(しおいり)町一―三丁目・弁天(べんてん)町・本町通(ほんちようどおり)一―四丁目・下野谷(したのや)町一―四丁目・大東(だいとう)町

南は海、西は鶴見川を隔てて生麦(なまむぎ)村、北は菅沢(すがさわ)村に接する。鶴見川下流の字岩瀬(いわせ)の川底はすべて岩で、干潮時には歩行で西北対岸の鶴見村へ渡れるという。天文二年(一五三三)三月一一日の熊野那智山檀那書出(熊野那智大社文書)に「相(武)州稲気(毛)郡うしお田住 西村図書助」「うしおたよこ山二郎三郎」、端裏書に「武州うしおた西村之願文張(帳)」とある。小田原衆所領役帳に太田新六郎「拾六貫八百五拾四文 小机潮田地頭方」「拾弐貫文 小机潮田内 源七郎分」、向山「卅四貫百十七文 小机潮田」とある。

慶長年間(一五九六―一六一五)旗本松下領、宝永四年(一七〇七)幕府直轄領。正保(一六四四―四八)頃の田園簿の村高五〇〇石に対し、元禄郷帳では七八四石余と増加している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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