澄清寺跡(読み)ちようせいじあと

日本歴史地名大系 「澄清寺跡」の解説

澄清寺跡
ちようせいじあと

[現在地名]山口市大字宮野下 谷

長泉寺(ちようせんじ)山の麓にあり、臨済宗。山号は正定山、澄清報国禅寺と号した。付近の長泉寺という地名は、澄清寺が訛ったものである。

嘉吉元年(一四四一)大内持世は嘉吉の乱に遭って深手を負い、京都で没した。のちこの寺に葬られ、法号を澄清寺殿道巌正弘大禅定門とよばれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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