瀬名波村(読み)しなはむら

日本歴史地名大系 「瀬名波村」の解説

瀬名波村
しなはむら

[現在地名]読谷村瀬名波(せなは)

渡慶次(とうきし)村の東にあり、東は東シナ海に面する。北西は宇座(うーじや)村と残波(ざんぱ)岬へ連なる。集落は南側にあり、集落内に石灰岩の岩場が多く見られる。「おもろさうし」巻九の三二に「一 くらはのきみの(久良波の君〔神女〕が)/せなはのきみの(瀬名波の君が)/又 しもとよみいくさ(下〔南〕に鳴響む軍勢)/しものきゝやれいくさ(下の有名な軍勢)/又 あたりせめつけて(辺り攻めつけて)/かくちせめつけて(垣内攻めつけて)/又 いちやちやせめつけて(板門攻めつけて)/かなちやせめつけて(金門攻めつけて)/又 あたりおそいつけて(辺り襲いつけて)/かくちおそいつけて(垣内襲いつけて)」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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