瀬川昌坢(読み)せがわ しょうはん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「瀬川昌坢」の解説

瀬川昌坢 せがわ-しょうはん

?-1708 江戸時代前期-中期連歌師
瀬川昌佐の孫。延宝2年(1674)幕府出仕元禄(げんろく)2年から柳営連歌の第三をつとめ,法橋(ほっきょう)となる。宝永5年死去。初名は時伯。号は朽樗軒。著作に「道の枝折」「連句註釈」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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