瀬成田村(読み)せなりたむら

日本歴史地名大系 「瀬成田村」の解説

瀬成田村
せなりたむら

[現在地名]霊山町中川(なかがわ)

大石(おおいし)村の西、広瀬(ひろせ)川右岸に位置。村名は同川の水音が笙のような音がしたことによると伝える(信達二郡村誌)。天文二二年(一五五三)の晴宗公采地下賜録によれば、小高二郎左衛門が「大石せ成田」のうち寺畠在家などを与えられている。伊達政宗の家臣として瀬成田丹後がおり、鷹匠頭に任じられていたという(伊達世臣家譜)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では高二六五石余。近世初期の邑鑑によると免三ツ五分、家数三四(役家一〇、肝煎・小走二、脇家二二)、人数一一五、役木として桑、楮・紅花各少しがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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