瀬戸新村(読み)せとしんむら

日本歴史地名大系 「瀬戸新村」の解説

瀬戸新村
せとしんむら

[現在地名]立山町瀬戸新

上末うわずえ村の北、上段うわだん段丘南部に位置。北は中林新なかばやししん村。文禄二年(一五九三)加賀の前田利長が尾張国春日井かすがい瀬戸村(現愛知県瀬戸市)から陶工彦右衛門・孫市らをよび、当地周辺に窯を築かせた。当地一帯は瀬戸村と総称され、当村は寛永年間(一六二四―四四)嘉右衛門一家に農業を行わせるため開かれたという(五百石地方郷土史要)。それ以前は上末村領内であったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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