瀬戸木場村(読み)せとこばむら

日本歴史地名大系 「瀬戸木場村」の解説

瀬戸木場村
せとこばむら

[現在地名]厳木町大字瀬戸木場

八幡はちまん岳の山嶺続きの瀬戸木場山(女山)山腹にある。村内の渓間に発する黒川原くろかわら川は波瀬なみせ村に出て波瀬川となる。

秀島鼓渓覚書に「居石内蔵允、前、賢両君に仕へ、瀬戸木場に住し、南口の固めをなす。弟蔵人と軍功あり」と記す。慶長絵図に「広瀬ノ内 瀬戸古場」とあるのが村名の初見である。居石氏は鶴田氏が獅子ししヶ城退去後は、この村の永代庄屋となっている。

瀬戸木場村の集落構成をみると、元和二年(一六一六)家数八、延享元年(一七四四)家数一五、人数五九人、宝暦二年(一七五二)家数一五、人数六三人、文化一三年(一八一六)家数一六、人数七三人、文政二年(一八一九)家数一六、人数八二人となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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