灰方庄(読み)はいがたのしよう

日本歴史地名大系 「灰方庄」の解説

灰方庄
はいがたのしよう

善峰よしみね川の上流域一帯を包含する広範囲の荘園

応永七年(一四〇〇)の参鈷寺領目録(三鈷寺文書)に「灰方名一反、同二反」と記される。「忠富王記」明応五年(一四九六)一二月二九日条によれば、古くは小畑おばた川上流の大江杣おおえのそまも荘域に入っていたらしく、また同記に収める善峰寺(現西京区)領との境相論を裁定した綸旨案に「永仁度院宣官符法家勘申明鏡之上者云々」とあることから、立荘は遅くとも鎌倉中期以前と推定される。修理職領大枝杣から分荘したものか。

灰方庄内には灰方・灰谷はいたに出灰いずりはと灰字地名が多く、早くから朝廷用途の石灰を焼いて貢したとの伝説がある(山州名跡志・山城名勝志・一休和尚年譜、昭和初期まで採掘していたという)。「看聞御記」永享五年(一四三三)一二月一二日条に「禁裏ヘ(中略)丹波山国庄・灰形・濃州多芸御月宛・出雲横田庄等被進云々」とあるのが禁裏御料としての初見。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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