為志神社跡(読み)いしじんじやあと

日本歴史地名大系 「為志神社跡」の解説

為志神社跡
いしじんじやあと

[現在地名]新庄町大字林堂字キタンド

林堂はやしどう集落北方にあった神社。現在跡地に為志神社遺跡の石碑・小祠・石灯籠などが残る。明治四三年(一九一〇)葛木坐火雷かつらぎにいますほのいかずち神社(新庄町)相殿に合祀祭神は伊古比都幣命(伊毘志都幣命か)。「延喜式」神名帳の忍海おしみ郡「為志神社」に比定されるが、近世には十二所権現と称し、大彦命以下一二神を祀っていた(社記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む