為志神社跡(読み)いしじんじやあと

日本歴史地名大系 「為志神社跡」の解説

為志神社跡
いしじんじやあと

[現在地名]新庄町大字林堂字キタンド

林堂はやしどう集落北方にあった神社。現在跡地に為志神社遺跡の石碑・小祠・石灯籠などが残る。明治四三年(一九一〇)葛木坐火雷かつらぎにいますほのいかずち神社(新庄町)相殿に合祀祭神は伊古比都幣命(伊毘志都幣命か)。「延喜式」神名帳の忍海おしみ郡「為志神社」に比定されるが、近世には十二所権現と称し、大彦命以下一二神を祀っていた(社記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む