焼津村(読み)やいづむら

日本歴史地名大系 「焼津村」の解説

焼津村
やいづむら

[現在地名]焼津市焼津一―六丁目・本町ほんまち二―六丁目・小川新町こがわしんまち一丁目・焼津

小石こいし川河口の南に位置し、益津ましづ郡に属する。古代の焼遣やきづ焼津やいつの遺称地とされ、中世には焼津やいづ郷とよばれた。村内に式内社焼津やいづ神社があり、集落は同社の北と東に形成された。寛永一二年(一六三五)の山西領水野監物知行渡村之帳に村名がみえ、高九〇五石余、田中藩領。同一九年幕府領(同年田中領郷村高帳、「寛文朱印留」など)、貞享元年(一六八四)再び田中藩領となる(「寛政重修諸家譜」、国立史料館本元禄郷帳、正徳二年土岐頼殷領知目録、享保九年土岐頼稔領知目録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...

博多祇園山笠の用語解説を読む