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熊谷五一 くまや ごいち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

熊谷五一 くまや-ごいち

1818-1882 幕末の豪商。
文化15年3月17日生まれ。長門(ながと)(山口県)奈古村の農民の子。藩命で萩(はぎ)藩御用商人熊谷家の養子となる。奇兵隊に軍用金を寄付したほか,小郡(おごおり)村の製銃所建設,禁門の変の出兵,武器購入などのために多額の資金を提供,藩財政に貢献した。明治15年11月21日死去。65歳。本姓は西村。名は義右。

熊谷五一 くまがい-ごいち

くまや-ごいち

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

熊谷五一

没年:明治15.11.21(1882)
生年:文政1.3.17(1818.4.22)
幕末長州(萩)藩の討幕派に資金援助をした萩の豪商。名は義右。長門国阿武郡奈古村(山口県阿武町)の西村利右衛門の長男。萩・西田町の小林作兵衛の養子となったが,長州藩用達熊谷五右衛門(義比)が死去し,遺子が幼少であったため,万延1(1860)年に藩命によって同家の中継養嗣となった。奇兵隊軍用金の献納をはじめとし,製鉄所の建設,禁門の変,銃砲,軍艦の購入などに巨額の資金を提供して討幕派を支援した。明治7(1874)年に京都・平野神社の禰宜となったが,翌年に辞して帰萩した。<参考文献>毛利家史編纂所他編『維新功労者履歴』『維新功労者調』

(小川国治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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