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熱心党 ねっしんとうZēlōtai; Qanna'eem

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

熱心党
ねっしんとう
Zēlōtai; Qanna'eem

ローマ帝国時代の過激なユダヤ民族主義者の集団。武力をもってローマの権力に対抗した。革命的党としての組織が最初に言及されるのは 66年のローマに対する第1次ユダヤ反乱のときであるが,通常6年にガリラヤ人ユダが反乱したときにさかのぼると考えられている。カナエーム Qanna'eemおよびゼロテス Zēlōtēsはそれぞれヘブライ語およびギリシア語の「熱心さ」に由来する。十二使徒のなかにも党員のシモンがおり,さらにイエスを裏切ったイスカリオテのユダ,およびヤコブヨハネもこれに関係していたのではないかと考えられている。

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世界大百科事典 第2版の解説

ねっしんとう【熱心党 Zealots】

後6年にユダヤ地方がローマの直轄属州化されたのを機に,ガリラヤのユダの指導下に反ローマ武装闘争に決起した急進派グループ。ギリシア語ではゼーロータイZēlōtaiで,ゼロテ党ともいう。神だけがイスラエルの主であるとの立場から,ローマへの納税を拒否し,ローマ皇帝の像を刻んだ貨幣も偶像として拒絶した。土地所有関係の更新という社会的動機も介在したといわれる。長期にわたってゲリラ的闘争を展開し,やがて66‐70年のユダヤ戦争の破局へ導いた。

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