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片岡万平 かたおか まんぺい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

片岡万平 かたおか-まんぺい

1770-1818* 江戸時代後期の農民。
明和7年生まれ。常陸(ひたち)(茨城県)河内郡生板(まないた)村の人。文化14年幕府代官吉岡次郎右衛門に対して年貢減免を要求し,市毛与五右衛門,石山市左衛門とともに江戸の吉岡邸および勘定奉行所にうったえる。捕らえられて文化14年12月20日獄死。48歳。のち吉岡は代官を罷免(ひめん)された。

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朝日日本歴史人物事典の解説

片岡万平

没年:文化14.12.20(1818.1.26)
生年:明和7(1770)
江戸後期の百姓一揆の指導者,義民。常陸国(茨城県)河内郡幕府代官所生板村百姓であったが,文化14(1817)年,凶作による減免を要求して同村妙行寺に百姓らが集会した際,同村市左衛門・与五右衛門と共に頭取となる。周辺村々百姓ら450人あまりと代官吉岡次郎右衛門の江戸邸に門訴したが,聞き届けられなかったため,3人はさらに奉行所へ越訴を決行して入牢となった。3人は翌年1月にかけて吟味中に牢死し,そのほか多数が処罰された。のち3人は生板の三義民として祭られ,文政6(1823)年に妙行寺に三義民慰霊塔が建立され,昭和41(1966)年には没後150年顕彰供養がなされ,同47年には三義人顕彰会が結成されるなど,現在まで三義民の顕彰が続いている。<参考文献>中村永伯『義人片岡万平伝』,三義人顕彰会編『生板の三義人』

(斎藤善之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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