牛屋島村(読み)うしやじまむら

日本歴史地名大系 「牛屋島村」の解説

牛屋島村
うしやじまむら

[現在地名]鳴門市大麻町牛屋島(おおあさちよううしやじま)

大谷(おおたに)村・姫田(ひめだ)村の南の平野部にあり、吉野川(現旧吉野川)が南を東へ流れる。同川南岸の東馬詰(ひがしうまづめ)村から馬詰渡を越えて北東の大幸(だいこう)村へと淡路街道が通る。寛政元年(一七八九)書写の天正一七年(一五八九)一二月吉日の板東郡牛屋島村検地帳(鳴門市役所蔵)によれば田・居屋敷合せて四五町二反余・分米五六三石余、畠六町二反余・分米三四石余で分米計五九八石余。慶長二年(一五九七)の分限帳には牛屋島とあり、五九八石余が益田内膳丞知行分。正保国絵図でも牛屋島村五九八石余。寛文四年(一六六四)の郷村高辻帳では田方五四四石余・畠方五三石余、水損と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む