牛洞村(読み)うしぼらむら

日本歴史地名大系 「牛洞村」の解説

牛洞村
うしぼらむら

[現在地名]大野町牛洞

松山まつやま村の北西権現ごんげん山の北東麓にある。中世は山城醍醐寺三宝さんぼう院領の牛洞郷として推移する。戦国期、天正三年(一五七五)一月一一日の織田信長朱印状(南陽堂楠林氏文書)に牛洞野村之内とあり、福光ふくみつ(現岐阜市)とともに斎藤玄蕃助に扶助されている。慶長郷帳に牛洞村とみえ、高九六三石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳では織田長孝(野村藩)領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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