牛津本町(読み)うしづほんまち

日本歴史地名大系 「牛津本町」の解説

牛津本町
うしづほんまち

[現在地名]牛津町大字牛津

長崎街道の宿場町。慶長絵図に「牛津町」とある。小城平吉ひらよし郷の内にあり、嘉永六年(一八五三)写の大小配分石高帳では、地米(年貢)一四石六斗二升三合。

長崎街道沿いの牛津本町(宿場)の成立は、戦国時代末期に竜造寺氏の支配が確立し、平野部の佐賀に根拠地が置かれるようになって、古代以来の官道とみられる背振せふりてん山山麓の通路が南に下ってきたことによると考えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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