牛津(読み)うしづ

日本大百科全書(ニッポニカ)「牛津」の解説

牛津
うしづ

佐賀県中央部、小城(おぎ)郡にあった旧町名(牛津町(ちょう))。現在は小城市牛津町地区で、市の南西部を占める。旧牛津町は、1894年(明治27)町制施行。1956年(昭和31)に砥川(とがわ)村の大部と合併。2005年(平成17)小城、三日月(みかづき)、芦刈(あしかり)の3町と合併して市制施行、小城市となった。旧町域はJR長崎本線、国道34号が東西に貫通し、207号が合流している。旧街道に沿う町並みは、東西の旧長崎街道と、南の有明(ありあけ)海奥部に通ずる感潮河川の牛津川とが交差する場所にあり、江戸時代には宿場町として、さらに津の名にみる河港としてにぎわった。小城藩の米蔵や、船着き場などがあり、明治以後も商家が立ち並んで商業の一中心地をなした。北部九州各地の玉屋百貨店発祥の地で、牛津赤れんが館(国の登録有形文化財)が残る。交通機関の発達によって佐賀市に商圏を奪われ衰退した。北東方の生立ヶ里(うりゅうがり)方面には、古代の条里制ゆかりの水田地域が広がる。西方山麓(さんろく)部、上(かみ)砥川の谷は、古くから石工(いしく)集落で知られ、江戸時代の名石工、平川与四右衛門の生地である。谷の常福寺(じょうふくじ)には、平安時代の作とされる仏像2体があり、いずれも国指定重要文化財。

[川崎 茂]

『『牛津町史』(1958・牛津町)』『『牛津町史』(1990・牛津町)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「牛津」の解説

牛津
うしづ

佐賀県中部,小城市中南部の旧町域。佐賀平野の西部にある。 1894年町制。 1956年砥川村と合体。 2005年芦刈町,小城町,三日月町と合体し小城市となる。中心集落の牛津は有明海に注ぐ六角川の支流牛津川に臨み,古くから米の積出港として発達。江戸時代には長崎街道の宿場町で,市場町も兼ね,佐賀平野西部の中心集落として繁栄した。しかし鉄道開通後その機能を佐賀市に譲った。農村部は米作地帯で,条里集落の名残りである地名が残っている。

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