正満寺(読み)しようまんじ

日本歴史地名大系 「正満寺」の解説

正満寺
しようまんじ

[現在地名]赤坂町大屋

天台宗、山号金泉山、妙覚院と号し本尊聖観音。天平勝宝年中(七四九―七五七)報恩大師が備前に建立した四八ヵ寺の一つ。文禄四年(一五九五)一二月の備前国四拾八ヶ寺領并分国中大社領目録写(金山寺文書)によると、宇喜多秀家から寺領一〇石を認められている。寛文六年(一六六六)岡本坊が廃され、住僧は還俗させられて神職となった(「撮要録」ほか)。「吉備温故秘録」によると寺領一八石余で主院は妙覚院、寺中に東光坊・本明院・東明院・観照院があった。


正満寺
しようまんじ

[現在地名]長野市若穂綿内 町組

浄土宗、光濃山正満寺。本尊阿弥陀如来。

寺伝に弘治二年(一五五六)井上信満が亡子正満菩提のための開基という(上高井歴史)。開山凡誉上人。創開地は町組北東耕地中の高野こうの神社(諏訪社)裏手で、由縁により山号を光濃山としたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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