牛込南町(読み)うしごめみなみちよう

日本歴史地名大系 「牛込南町」の解説

牛込南町
うしごめみなみちよう

[現在地名]新宿区南町(みなみちよう)

明治五年(一八七二)に起立。一帯は江戸時代には徒組の大縄地で、町域はこのうちの里俗に南御徒(みなみおかち)町とよばれていた地域にあたる。成立時には東は牛込袋(うしごめふくろ)町および同若宮(わかみや)町、西は同納戸(なんど)町、南は同払方(はらいかた)町、北は同中(なか)町であった。このあたりは古くは牛込村の百姓地で、天正一九年(一五九一)遠江から移転してきた天龍(てんりゆう)寺の寺地となった。同寺境内の一部は寛永一一年(一六三四)・同一二年の二度にわたって上地され、この跡地は納戸組の拝領町屋敷(のちの牛込御納戸町・同払方町)や徒組大縄地となった(沿革図書など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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