牟岐郷(読み)むぎごう

日本歴史地名大系 「牟岐郷」の解説

牟岐郷
むぎごう

現牟岐町域に比定される中世の郷。嘉禎三年(一二三七)五月四日の官宣旨(九条家文書)に「阿波国管那賀郡海部并浅河・牟岐参箇郷」とあり、この三ヵ郷は本主謀反の罪で没収され、将軍家から地頭が補任されて国使不入の地となっていたが、地頭の藤原定員が三ヵ郷を最勝金剛さいしようこんごう(現京都市東山区)寄進、同院領として立券され、不輸庄として官物・国役を免じられている。うち最も北にある当郷は四至が「東限手波嶋東海」「北限加波坂峯」と記されるので、北は日和佐町境の寒葉かんば(加波坂峯)に及び、東は沖の出羽てば(手波嶋)を含む範囲であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む