牟礼東村(読み)むれひがしむら

日本歴史地名大系 「牟礼東村」の解説

牟礼東村
むれひがしむら

[現在地名]赤穂市有年牟礼(うねむれ)

原(はら)村の東にあり南西は横尾(よこお)村、東から西に矢野(やの)川が貫流し、南端を山陽道が通る。貞和三年(一三四七)六月二四日の刑部守延譲状(広峯文書)に「ムレ」とみえ、ウネとともに広峯(ひろみね)神社(現姫路市)の檀那場となっていた。文禄三年(一五九四)九月八日の真殿村検地帳(真殿自治会有文書)に「むれ」とみえ、慶長国絵図には「年礼村」と記される。領主の変遷は原村に同じ。正保郷帳に「東村」とみえ田高三七六石余・畑高七〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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