牧の徳右衛門(読み)まきのとくえもん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「牧の徳右衛門」の意味・わかりやすい解説

牧の徳右衛門
まきのとくえもん
(?―1727)

江戸中期、美作(みまさか)国に起こった山中一揆(さんちゅういっき)の指導者。現在の岡山県真庭(まにわ)市牧の人といわれている。1726年(享保11)約4000人の農民を指導し、一揆を起こした。津山藩と交渉し一揆の要求を認めさせたが、津山藩兵の出動により鎮圧された。徳右衛門ら指導者6人は捕らえられ、津山城下のはずれ滑河原(なめりかわら)で処刑された。後年、津山市二宮の国道のほとりに「首切り地蔵」が建てられた。徳右衛門の出身地の国道沿いに徳右衛門御前(みさき)とよばれる所があり、そこに祠(ほこら)と「清眼則勇信士」と刻まれた石碑が建てられている。

[人見彰彦]

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