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牧野忠訓 まきの ただくに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

牧野忠訓 まきの-ただくに

1844-1875 幕末-明治時代の大名。
天保(てんぽう)15年8月15日生まれ。丹後(京都府)宮津藩主本庄宗秀(むねひで)の4男。牧野忠恭(ただゆき)の養子となり,慶応3年越後(えちご)(新潟県)長岡藩主牧野家12代。家老河井継之助(つぐのすけ)を軍事総督にし,奥羽越列藩同盟に加盟して新政府軍とたたかう。敗れて会津(あいづ)にのがれる。のち降伏し,領地没収となった。明治2年赦免。明治8年6月16日死去。32歳。号は観山。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

牧野忠訓

没年:明治8.6.16(1875)
生年:弘化1.8.15(1844.9.26)
幕末の長岡藩主。宮津藩主本荘宗秀4男で牧野忠恭の養子。慶応3(1867)年養父隠居のあと家督を継ぎ7万4000石を領す。同年暮れ上京し,家臣河井継之助の進言に基づき,公武合体して政局運営に当たることを建言したが容れられなかった。戊辰戦争が始まると中立の立場をとったが,官軍の進軍によって奥羽越列藩同盟に加わって抗戦,敗れて長岡より会津へ,次いで山形から仙台へと逃走,米沢で降伏し,笠間藩に預けられ領地を没収された。しかし養弟忠毅に長岡2万4000石が与えられて家名は存続した。明治2(1869)年赦免された。

(上野秀治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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