牧野忠恭(読み)まきの ただゆき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「牧野忠恭」の解説

牧野忠恭 まきの-ただゆき

1824-1878 幕末大名
文政7年9月1日生まれ。三河(愛知県)西尾藩主松平乗寛(のりひろ)の3男。牧野忠雅(ただまさ)の養子となり,安政5年越後(えちご)(新潟県)長岡藩主牧野家11代。奏者番,寺社奉行をへて,文久2年京都所司代。3年老中となり外交事務を担当した。明治11年9月1日死去。55歳。通称は壮之助。号は雪堂。備前守(びぜんのかみ)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「牧野忠恭」の意味・わかりやすい解説

牧野忠恭
まきのただゆき

幕末の越後長岡藩主。7万 7000石。号は雪堂。松平乗寛の3男。安政5 (1858) 年8月養父忠雅が死に 10月襲封,文久2 (62) 年京都所司代,次いで老中をつとめ,慶応3 (67) 年7月隠居。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む