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丹後 たんご

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

丹後
たんご

京都府北端,日本海に面する地区。旧町域。1955年間人町と豊栄村,竹野村,上宇川村,下宇川村の 4村が合体して丹後町が発足。2004年峰山町,大宮町,網野町,弥栄町,久美浜町と合体し京丹後市となる。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

たんご【丹後】

旧国名の一。現在の京都府北部にあたる。和銅6年(713)丹波国から分国。
丹後縮緬(ちりめん)」「丹後縞」の略。

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大辞林 第三版の解説

たんご【丹後】

旧国名の一。京都府の北部に相当。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丹後
たんご

京都府最北端、竹野郡にあった旧町名(丹後町(ちょう))。現在は京丹後市の北東端を占める一地区。1955年(昭和30)間人(たいざ)町と豊栄(とよさか)、竹野、上宇川(かみうかわ)、下宇川の4村が合併して成立。2004年(平成16)峰山(みねやま)、大宮(おおみや)、網野(あみの)、弥栄(やさか)、久美浜(くみはま)の5町と合併、市制施行して京丹後市となる。なお、この合併により行政地名としての竹野郡はなくなった。旧丹後町は、日本海に臨む丹後半島北岸に位置し、山地が海岸まで迫り、竹野川や宇川の流域以外は平地に乏しい。国道178号、482号が通じ、京都丹後鉄道宮豊線の網野(あみの)駅、峰山(みねやま)駅からバスの便がある。耕地に乏しく、冬は雪が深いため農業は不振で、冬の農閑期には杜氏(とうじ)として伏見(ふしみ)などへの出稼ぎがみられた。また農家の副業として間人地区を中心に丹後縮緬(ちりめん)機業が盛ん。漁業では間人港に水揚げされる間人ガニが有名。海岸一帯は変化に富み、丹後天橋立大江山(たんごあまのはしだておおえやま)国定公園の一部となっている。京都府最北端にたつ経ヶ岬(きょうがみさき)灯台は1898年(明治31)の建造、リアス式海岸の丹後松島などの景勝地がある。海水浴場や温泉もある。神明山(しんめいやま)古墳、産土山(うぶすなやま)古墳はともに国指定史跡。[織田武雄]
『『丹後町史』(1976・丹後町)』

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