犬井堂村(読み)いぬいどうむら

日本歴史地名大系 「犬井堂村」の解説

犬井堂村
いぬいどうむら

[現在地名]川副町大字犬井道いぬいどう

東に筑後川の支流早津江はやつえ川があり、南部は有明海に面する干拓地。正保絵図に村名がみえる。近世には藩境の要地で、鹿江かのえ村に近接する集落として存在したことがわかる。天保九年(一八三八)の御蔵入郷村付によると田中たなか(現東与賀町)と合わせて一千三〇九石が蔵入地(直轄地)になっている。

戦国末期、和崎わざき小籠こごもり広江ひろえ(以上現川副町)を結ぶ潮土居線上(標高二・三―二・五メートル)にあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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