狐崎浜(読み)きつねざきはま

日本歴史地名大系 「狐崎浜」の解説

狐崎浜
きつねざきはま

[現在地名]石巻市狐崎浜

牡鹿おしか半島西岸のほぼ中央部から南西方へ突き出した岬の先端に立地する漁村北東竹浜たけのはまがある。真宝しんぽう山に稲荷神社があり、京都伏見稲荷神社を勧請と伝え、神体の黄金製坐狐が地名の由来という(宮城県地名考)

正保郷帳に田二一六文・畑一二〇文とある。「牡鹿郡万御改書上」によれば、元禄年間(一六八八―一七〇四)には東西一八町一六間、南北九町三〇間、田一貫二〇二文・畑一貫三九五文、海上高四貫四四六文で、人頭二四人、人数男一二四・女一〇二、狐崎在家東西一町一六間、南北一町一六間がある。「封内風土記」の戸数は三七。江戸時代初期には半島西部の中心地帯という立地条件も加わり、祝田浜いわいだはまから清水田浜しみずだはま(現牡鹿郡牡鹿町)に至る一六浜の治安・行政を管掌する狐崎組大肝入が置かれ、奥州葛西氏の家臣坐列中一家四老の一人と伝える(葛西真記)末永能登守の末裔末永上総道重(のちに平塚氏に改姓)家系が五代にわたり、正保年間(一六四四―四八)まで世襲した(石巻市史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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