狭間古墳(読み)はざまこふん

日本歴史地名大系 「狭間古墳」の解説

狭間古墳
はざまこふん

[現在地名]南国市岡豊町小蓮

舟岩ふないわ山南西の通称狭間とよばれる小丘の尾根上(標高八四・五メートル)にある円墳であるが、かつては舟岩古墳群の一五号墳とよばれた。

昭和五三年(一九七八)に発掘調査が行われ、中期の古墳であることが明らかになった。墳丘は弥生中期末の竪穴住居跡(狭間遺跡)の直上に築かれ、その径は一三メートル。封土は黄褐色粘土で築かれ、墳丘中央部の高さは一・五メートル。墳丘中央部よりやや北東寄りに三基の木棺墓があったらしく、黒土の落込みがみられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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