猪去村(読み)いさりむら

日本歴史地名大系 「猪去村」の解説

猪去村
いさりむら

[現在地名]盛岡市猪去

雫石しずくいし川の南岸に位置し、東は上鹿妻かみかづま村、南ははこヶ森(八六五・五メートル)を隔てて紫波しわ上飯岡かみいいおか(現都南村)。伊去とも記す。天文年中(一五三二―五五)から高水寺こうすいじ(現紫波郡紫波町)本拠とする斯波氏の分流猪去詮義が現在の字上猪去に猪去館を構えて当地に居住し、猪去御所と称したという(岩手県史)。「邦内郷村志」によると、当村の西に御所桜と称される桜があり、その位置は猪去館の麓とされる。正保国絵図には猪去村、九三石余とある。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付には蔵入高四〇三石余とあり、七ヵ年平均の免は四ツ二分七毛。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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