猿半内村(読み)さるはんないむら

日本歴史地名大系 「猿半内村」の解説

猿半内村
さるはんないむら

[現在地名]増田町狙半内さるはんない

成瀬なるせ川の支流狙半内川の上流からたきした天郷てんごう上畑かみはた火石田ひいしだ中村なかむら小栗山こぐりやま川口かわぐち総称。南と西は大川目おおかわめ山をはじめ峻険な山が連なる。滝ノ下・上畑の河岸段丘上から縄文期の土器石器が採集される。

寛永一七年(一六四〇)の差紙に「仙北猿半内之内滝ノ下より川口迄、畑返り並新開」(増田町郷土史)とある。正保四年(一六四七)の出羽一国絵図に猿半内村一四四石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む